AIの普及により、ホワイトカラーの労働環境は激変しています。従来の「会社依存型キャリア」や「単なる専門知識の切り売り」が通用しなくなる中、私たちはどう生き残るべきなのでしょうか。
中央学院大学商学部の小林和馬准教授は、働き手の人手不足に直面する日本こそがAI受容の可能性を秘めていると考える一方で、個人の「夢」や「志」こそが最強の武器になると説きます。「AIは夢や志を持てない」と言う決定的な事実を起点に、個人がパフォーマンスを最大化させるための具体的な生存戦略を、小林和馬准教授に詳しく伺いました。
中央学院大学商学部・准教授。専門は経済政策、情報通信政策(ICT政策)。過去30〜50年の技術革新の歴史を、産業組織論やデータ分析に基づき研究。現在はAIや量子コンピューター(量子技術)"を活用する社会の制度設計を主眼に置く。テクノロジーと人間性のバランスを重視し、個人の自律的なキャリア形成を提唱している。
ピラミッド組織の急速な崩壊。AIで「組織の歯車」から解放される
──昨今、生成AIの台頭により「人の仕事が奪われる」といった脅威論が欧米を中心に広がっています。先生から見て、今の「AIと労働」を取り巻く全体の世界観をどう捉えていらっしゃいますか。
結論から申し上げると、今私たちは、社会の仕組みが書き換わるような「ピラミッド型構造」の急速な崩壊の真っ只中にいます。これまでは、巨大な社会や経済の中に企業があり、その組織に属して部署に配属され仕事をしてきました。そこで個人が「組織の歯車」として生きていくというのが、20世紀的な標準モデルでした。しかし、この構造が今、AIによって崩れています。
──「組織の歯車」という生き方自体が、維持できなくなっているということでしょうか。
そうですね。なぜならAIが登場したことで、能力を平均以上に一気に持っていける「能力の平準化」が起きたからです。これまではスキルの格差が競争優位を生んでいましたが、AIという道具を使えば、誰でも一定水準以上のパフォーマンスを即座に出せるようになります。
そうなると、わざわざ組織の中に人を囲い込み、階層構造で管理する意味が薄れてしまうんです。海外ではすでにエンジニアのリストラなどが発生していますが、これは単なる不況ではなく、構造そのものが変わっているサインなんですね。
── その変化は、日本においても同じように「脅威」としてやってくるのでしょうか。
いえ、日本は少し特殊な状況にあると認識したほうがいいかもしれません。欧米では雇用を奪い合う対立構造になりがちですが、日本や中国、韓国といったアジア圏には、深刻な少子高齢化という前提があります。
日本はすでにそのまっただ中にあり、今の経済規模を維持しようとしても、どう考えても人手が足りません。いわば「猫の手も借りたい」という状況なんです。だからこそ、「AIの手を借りたらどうですか」という提案は、非常に理にかなっています。日本はAIと相性が良い国なんだという点はもっとポジティブに捉えていいと思います。
── 社会構造の変化を味方につけられる、稀有なポジションにいるのですね。
これまでの日本は、欧米の工業化システムに仕方なく合わせてきた部分が少なからず存在しました。それが日本人の体質に合わない歪みを生んできた可能性があります。ですが、AIによってピラミッド組織が壊れ、プロジェクトごとに必要なスキルを持つ人が集まる「アメーバ型組織」への移行が進むことは、個人が主役となる「スキルの民主化」を意味します。
── 特定の部署に縛られず、個人のポテンシャルを掛け合わせる働き方ですね。
ええ、まさに!欧米のアーティストのワールドツアーなどがまさにそうですが、最高のダンサーやギタリストをその都度集め、終われば解散する形と似ています。
これからはビジネスでも、どこの組織に属しているかよりも、個人のポテンシャルをどう引き出し、スキルの「総合バランス」を保ちながらミッションを遂行するかが重要になってきます。この現象は、個人が組織への属性から解放され、自分のポテンシャルをどう活かすかを問い続ける、真に自律的なキャリアを築くチャンスなんです。
AIは「夢」を持てない。合理性を超えた「志」と「直感」が代替不可能な価値を生む
── AIによって誰もが「平均以上」になれる時代、ビジネスパーソンが差別化を図るための「最強の武器」とは何でしょうか。
それは、技術や知識といった「How(やり方)」ではなく、その人が人生を通して「何を求めるのか」という 「志」や「夢」です。ここで強調したいのは、「AIは夢を持てない」という決定的な事実です。AIは膨大なデータから確率論的な最適解を出すのは得意ですが、「なぜそれをやるのか」という意志、つまり「Why」を一切持っていません。
── AIには「意志」がないからこそ、人間の「意志」が価値になるのですね。
そうですね。これまでの資本主義社会では、現実に押しつぶされて「社会的レール」に乗り、生まれや経済格差によって夢を諦めざるをえない人も多かったと思います。
ですがAI時代は逆です。強力なパートナーであるAIがいるからこそ、人間が「こうなったらいいな」という夢を語ることから、すべての価値創造が始まるんです。「好きなことではお金が稼げない」と諦めていた道が、AIのサポートによって実現可能になることは、人間にとっての大きな解放です。
── 夢を語れる人ほど、AIの恩恵を最大化できるわけですね。そのためには具体的にどんな能力を磨くべきでしょうか。
小手先のスキル以上に、「知的好奇心」や、何かを成し遂げたいという「飢餓感」を研ぎ澄ませることが大切になります。これはアスリートの方が、自分のパフォーマンスを突き詰める姿勢に似ています。「なぜ飛距離が出ないのか」「なぜタイムが縮まらないのか」と自問自答するように、「自分は本当は何を求めているのか」を具体的に描けるかがポイントです。
── 合理的な判断はAIに任せ、人間は「勘」や「センス」で勝負するということでしょうか。
ええ、その通りです!AIは確率論で動きますが、人間には 「直感」や「センス」があります。この非合理な部分こそが、AI時代における最大の差別化要因になるんですよ。スキル自体はAIが平均以上のレベルまで持っていってくれます。あとは、あなたが「なりたい自分」を具現化するプロセスを楽しめるかどうかです。
── 一方で、AIが便利になりすぎて、自分で考えることをやめてしまうリスクも感じます。
そこは非常に深刻な 「依存」という名の落とし穴 ですね。今のAIは際限なくユーザーに寄り添っています。今日の夕飯の献立から人生の大きな決断まで、すべてをAIに「外注」し、「心地よい正解」に身を委ね続けてしまうと、自分自身のアイデンティティが希薄になります。
それは一種の「アルゴリズム中毒」 であり、10代の若年層で見られる依存は、お酒やタバコ、あるいは違法な薬物以上に抜け出すのが難しい怖さがあるんです。
── 便利さの裏側にある「自分を失うリスク」に自覚的であるべきですね。
その通りです。効率化を突き詰めて『*テクノ・リバタリアン』たちが目指す「人間型ロボットだけあればいい」という極致に至ったとき、「そこに何の意味があるのか」という本質的な問いを、私たちは忘れてはなりません。
AIはあくまで人間の社会や経済をサポートするために存在するのであって、AIのために私たちがいるわけではないのです。
*テクノ・リバタリアン
テクノ・リバタリアンとは、個人の自由を最優先する思想「リバタリアニズム(自由至上主義)」を、最先端テクノロジーによって実現しようとする思想や、その信奉者(主にシリコンバレーの巨大IT起業家や投資家)を指す言葉です。
AI依存という「心地よい停滞」を脱し、リアルの摩擦を通じて
自律的なキャリアを切り拓く勇気を持て
── AI依存を防ぎ、主体的な「ビジネスアスリート」として生きるために、私たちが日頃の習慣に取り入れられることはありますか。
あえて「人間としての不便さや痛み(挫折)」を積極的に体感することだと思います。今はスマホ一つで指先を動かせば、食事も娯楽も、誰にも会わずに手に入りますよね。自分の閉じた世界だけで完結できてしまいます。
でも、本当の意味での新しい価値やイノベーションは、自分とは違う価値観を持つ人との生身の関わり、時にぶつかり、時に共感する、そんな「リアルな摩擦」の中からしか生まれないんです。
── 効率化を追求するAIの特性とは、あえて逆の行動をとるということでしょうか。
そうです。「一見非効率で泥臭い体験」 こそが、AIには決して真似できない人間の 「厚み」や「洞察力」 を作ります。こうした 五感を通じた「生身の人間体験」こそが、人の心を動かす力を養うんです。
そのためには、「AIとの線引き」をする勇気を自分で行ってください。「AIを使えば楽だ」という誘惑に負けず、あえて面倒な人間関係の中に飛び込む行動の積み重ねが、結果として「あなたにしかできない専門スキル」や「人間力」へと昇華されます。まずは自分自身に 「人生を通して何を求めるのか」という問いを投げかけ続けてほしいです。
──── 知識や技術が平準化されるからこそ、「行動量」や「姿勢」に差が出るわけですね...。
その通りです!いざ「これをやります!」と意志を持った途端、AIは爆発的な加速装置としてあなたを助けてくれます。道具を使いこなす側になるか、道具に使われる側になるか。その分岐点は、あなたの心の中にある「飢餓感」ひとつにかかっているわけです。
人生の主権を取り戻し、AIという最高の「道具」で自分自身の物語を主体的に描き始める
── 最後になりますが、今後のキャリアに不安を感じているビジネスパーソンへメッセージをお願いします。
新しい道具が登場したとき、人は本能的に不安を抱くものです。かつて産業革命が起きたときもそうでした。ですが、何度も申し上げている通り、AIは本質的には「道具」でしかありません。しかし、これまでの道具と決定的に違うのは、あなたが明確な「志」を持った瞬間に、かつては 諦めていたような夢物語を、現実的なプランに落とし込んでくれる点です。
── AIという相棒をどう使いこなすかで、未来の明るさが変わるのですね。
はい。システムの一部として漫然と生きるのではなく、生身の人間として喜びや痛みを感じながら、自分の人生の主権を取り戻してください。AIに答えを教えてもらうのではなく、自分自身で問い続け、物語を創っていくことで、自分の可能性をどこまで広げられるかという探求を、純粋に楽しんでほしいと思います。私たちは企業や組織、そしてAIの歯車ではありません。なので、唯一無二の自分の人生の主役と言うことを忘れないで欲しいです。
── 小林先生、本日は勇気をいただける本質的なお話を本当にありがとうございました。
こちらこそ、ありがとうございました。多くのビジネスマンの皆さんにこのメッセージが届くことを願っています!
