この記事では、元プロサッカー選手・渡邉千真さんへインタビューをもとに、アスリートが競技生活で培った価値観を、引退後のキャリア形成へどのように接続していくのかを考察していきます。
特に、「努力」と「夢中」の違い、他者のために働く感覚、複数の活動軸を持つキャリア観に着目し、アスリートのセカンドキャリア支援における示唆を整理します。
1986年8月10日生まれ、長崎県出身。名門・国見高校から早稲田大学へ進学。大学時代には関東大学サッカーリーグで2年連続得点王に輝く。2009年、横浜F・マリノスに加入し、プロ1年目にして13ゴールを挙げJリーグ新人王を獲得。2010年には日本代表にも選出された。その後、FC東京、ヴィッセル神戸、ガンバ大阪、横浜FC、松本山雅FCと渡り歩き、Jリーグ通算400試合以上に出場、通算100ゴール以上を記録。高い得点能力と献身的なプレーで、長きにわたりJリーグの第一線で活躍した。
「好き」を仕事にすることの再定義
―17年間のプロ生活。子どもの頃から大好きだったサッカーを仕事にできたことは、やはり幸せでしたか?
そうですね。子どもの頃から無我夢中で追いかけてきたサッカーが仕事になったわけですから、これ以上ない幸せだったと思います。
でも、あえて言いたいのは 、「好きなことを仕事にする」というのは、決して「楽ができる」という意味ではないんです。
好きだからこそ、うまくいかない時は苦しい。でも、好きだからこそ、失敗しても、挫折しても、また立ち上がって努力ができる。どんなにボロボロになっても、「やっぱり自分にはこれしかない」と戻ってこられる場所があること。それが、好きなことを仕事にするということなんだと思います。苦しい時に踏ん張れるエネルギーの総量が違う、という感覚かもしれません。
―「やりたいこと」が見つからない、という人も多いですよね。
全員が全員、最初から大好きな仕事に出会えるわけではないですよね。僕の場合はたまたまサッカーでしたが、それは運が良かっただけかもしれません。
世の中には、最初は興味がなかったけれど、やってみたら「あ、これ好きかも」と気づくパターンもたくさんあるはずです。嫌いから入って、仕事をしていくプロセスの中で好きになることだってある。
だから、「最初から好きじゃなきゃダメだ」と気負う必要はないと思います。自分の気持ちの持ちよう一つで、目の前の仕事が「好きなこと」に変わる可能性は、誰にでもあるんじゃないでしょうか。
努力と“夢中”の違い。子どもたちを見て気づいたこと
―今、サッカースクールで子どもたちを指導されていますが、そこで感じることはありますか?
渋谷のチームで小学2年生を見ているんですが、「努力」と「夢中」の違いをまざまざと感じさせられます。
僕の中で「努力」というのは、どこか「やらなきゃいけないもの」という感覚があります。しんどいけど根性で耐える、みたいな。
一方で「夢中」は、誰に言われなくても勝手にやっている状態です。時間を忘れて、気づいたらやっている。僕自身も中学生の頃、周りがゲームをしている中で、誰に言われるでもなく一人で朝練に行ってボールを蹴っていました。あれは努力ではなく、ただ夢中だったんです。
―子どもたちを見ていて、その「夢中」が見える瞬間は?
本当にサッカーが好きな子は、試合になると熱量がすごいんです。負けそうになると悔しくて、味方に文句を言ったり、相手の足を蹴りそうになるくらいカッとなったり(笑)。
指導者としては止めなきゃいけないんですが、心の中では「それくらい勝ちたいんだな」と嬉しくなる瞬間でもあります。親に「行きなさい」と言われて来ている子の「努力」では、そこまでの熱量は生まれませんから。
―「好きにさせる」というのは難しいことでしょうか。
難しいですね。「好きになれよ」と言って好きになるものじゃないですから。
だからこそ僕ら指導者は、楽しい練習メニューを考えたり、あえて教えすぎずに「見守る(コーチング)」ことで、子ども自身が気づくのを待つようにしています。
これは社会に出ても同じかもしれません。「言われたから努力する」のではなく、「面白がって夢中になる」。働く上での最強の土台は、実はこの子どもたちのような純粋な熱量の中にあるんじゃないかと思っています。
挫折や壁にぶつかったとき、
「働く意義」を見失わないために
―長い現役生活の中で、うまくいかない時期や壁にぶつかることもあったと思います。そういう時、どうやって気持ちを保っていたのですか?
多くの人が挫折を感じるのって、「すぐに結果を求めすぎているから」だと思うんです。仕事でもスポーツでも、やってすぐに結果が出ることなんて稀ですよね。それなのに、うまくいかない現状だけを見て「自分はダメだ」とネガティブになってしまう 。
僕は、うまくいかない時こそ「これは成長の過程なんだ」と捉えるようにしてきました。いい時もあれば、悪い時もある。そのすべての積み重ねが、後になって必ず生きてくる。そう信じてやっていくしかないんです。
―焦らないことが大事、ということでしょうか。
そうですね。成長のスピードは人それぞれですし、置かれている環境や人間関係によっても変わります。だから、今壁にぶつかっているとしても、それは「失敗」ではなく「積み上げている途中」なんです。ずっといい時ばかり続く人なんていないですから。そう考えれば、苦しい時期も少しだけ前向きに働けるんじゃないかと思います。
「誰かのために働く」ことを教えてくれたのは、
家族とサポーターだった
―渡邉さんにとって「働く」という姿勢の原点はどこにありますか?
例えばお父さんって、どんなに前の日にお酒を飲んで二日酔いでも会社に行くじゃないですか。うちの父もそうでしたし。そういう、「家族のために働く」という姿勢を見て育ったので、「ああ、働くってこういうことなんだな」と子供ながらに感じていました。
僕自身も結婚して家族ができてからは、サッカーへのエネルギーが変わりましたね。独身の頃は自分のためにプレーしていましたが、家族ができると 「子供にかっこいい姿を見せたい」「家族を喜ばせたい」という想いが原動力になる 。誰かのために頑張る時、人はいつも以上の力を発揮できるんです。
―現役時代、サポーターの存在も大きかったそうですね。
あれは本当に衝撃でした。水曜日のナイターの試合に合わせて仕事を休んできてくれたり、僕らを応援するために住む場所まで変えて引っ越してきたという人もいました。Jリーグだけでなく、JFLや社会人リーグでも、遠くからわざわざ応援に来てくれる人がいる。
その時、気づいたんです。「サッカー選手って、ただボールを蹴っているだけじゃない。誰かの人生を動かしているんだ」って。
僕らのプレー1つで、誰かが仕事を頑張れたり、住む場所を変える決断をしたりする。働くということは、自分のためだけじゃなく、誰かの感情を揺さぶり、その人の人生に関わることなんだと、サポーターの皆さんに教えてもらいました。
単線型キャリアから複線型キャリアへ
元アスリートが持つ複数の役割
―引退後のキャリアについて、「指導者一本」ではなく、様々な活動をされていますね。
そうですね。これまでは「サッカー選手」という一つの肩書きだけで生きてきましたが、これからは2つ、3つの柱を持っていたいと思っているんです。 メディアのお仕事やイベント、もちろんサッカーの指導も含めて、いろんな角度から社会やサッカー界に貢献していきたい。
とある方のお話を聞いて、すごく納得したことがあるんです。 「一つの事業しかやっていない会社は、環境が変わると脆い。でも、小さいことでも複数の事業を持っている会社は生き残れる」と。
―それは、個人のキャリアにも当てはまるのでしょうか?
まさにそうだと思います。 大企業だって、いくつもの部署が支え合っていますよね。個人も同じで、「自分はこれしかできない」と決めつけるのではなく、いろんなタグを持っていた方が、これからの不安定な時代を強く生きられるんじゃないでしょうか。
「元サッカー選手」という看板だけに頼るのではなく、全く新しい分野にも挑戦して、自分の中に複数の武器を作っていく。そんなマルチな働き方が、僕の理想ですね。
「働く場を“つくる側”になる」という視点
―ご自身の未来像として、「働く場をつくる側」になりたいというお話もありました。
はい。いつかは、人の人生を預かるような、責任ある立場になりたいと考えています。 自分が子供から大人になる過程で、先生や指導者の方々に「人としての基礎」を作ってもらいました。その出会いがあったから、今の自分がある。
だから次は自分が、セカンドキャリアに悩む選手たちの相談に乗ったり、新しい仕事の場を一緒に作ったりして、誰かの人生の転機に関わる存在になりたいんです。 サッカーと社会をつなぐ「ハブ」のような役割になれたら最高ですね。 人の人生を預かるというのは重たい覚悟がいりますが、それだけの価値があることだと思っています。
―最後に、この記事を読んでいるアスリートの方々へメッセージをお願いします。
サッカー選手としてのキャリアを終えて、今改めて思うのは「働くことの本質は場所が変わっても同じだ」ということです。
「好きなことを仕事にする」というのは、楽をすることじゃなく、何度でも立ち上がれるということ。「努力」するのではなく、時間を忘れるほど「夢中」になること。 そして、自分のためだけでなく「誰かの人生を動かす」ために働くこと。
これさえあれば、サッカーというフィールドがなくなっても、私たちはどこでだって輝けるはずです。 これから社会に出る皆さんには、「自分は何のために働きたいのか?」「誰の心を揺さぶりたいのか?」を問い続けながら、新しいフィールドでの挑戦を楽しんでほしいと思います。

渡邉さんの語りからは、競技経験をそのまま職業スキルとして扱うのではなく、そこに含まれる行動特性を分解して捉える重要性が見えてきます。
たとえば、競技に没頭してきた経験は、単なる「努力できる人材」という評価にとどまらない。自ら目標を設定し、失敗を成長過程として受け止め、他者の期待を力に変える姿勢として、仕事上の行動に転用される可能性があります。
一方で、アスリートのセカンドキャリアでは、本人の意欲だけに依存しない支援設計も欠かせません。ビジネスマナー、業界知識、顧客対応、組織内コミュニケーションなど、競技経験とは異なる領域を段階的に学べる環境があることで、競技者としての強みは職務上の成果に接続しやすくなります。
本メディアでは今後も、研究者・指導者へのインタビューやケーススタディを通じて考察し、個人・組織・社会における新たな価値創出のあり方として発信していきます。
