不確実で激しい環境変化の中で成果を出し続けるビジネスパーソン。私たちは彼らを「ビジネスアスリート」と定義し、その最高のパフォーマンスを引き出す鍵は「脳と筋肉の関係」にあると考えます。
日々のプレッシャーやデスクワークによる疲労を、科学的エビデンスに基づいた筋トレでいかに突破し、セルフマネジメントに繋げるか。東北大学加齢医学研究所の助教であり、自らもパワーリフター兼ボディビルダーとして異色の活動をする曽我啓史氏にお話を伺いました。
東北大学加齢医学研究所スマート・エイジング・センター 助教。専門は運動と脳機能に関する研究。運動することで脳がどのように変わるかについて多角的に研究している。最近では、運動生理学や運動疫学にも興味の幅を広げている。
著書に『脳筋最強宣言 人生を変える無敵の生き方』(ユーキャン)。第36回全日本教職員パワーリフティング選手権大会優勝(93kg級)かつ最優秀選手賞。記録は、スクワット222.5kg、ベンチプレス150kg、デッドリフト262.5kg。令和6年度、宮城県スポーツ協会スポーツ功績賞と仙台市スポーツ栄光賞を受賞。現在はボディビル大会への挑戦を続け、2026年マッスルゲート仙台 ボディビル一般75kg以下級で3位。理論と実践の両輪で「運動の価値」を提供する活動に尽力している。
理論と実践の融合。TOEICスコアを300点台から900点台へ押し上げた「走る」経験
―曽我先生は東北大学の研究者でありながら、パワーリフティング教職員日本一、さらに現在はボディビルにも挑戦中と、まさに理論と実践を体現されています。もともと、これほどストイックに活動されていたのでしょうか?
いえいえ、実は昔は勉強があまり得意ではなかったんですよ(笑)。転機は学生時代に挑戦した100kmウルトラマラソンでした。ウルトラマラソンに挑戦している期間、驚くほど勉強に集中できる自分に気づいたんです。結果、300点台だったTOEICが、運動と学習を並行することで最終的に930点まで伸びました。この「運動が脳をブーストする」実体験が、現在の研究の原点になっています。
―実体験に基づいた数字には凄まじい説得力があります。キャリアの歩みも非常にユニークですよね。
そうなんです。博士号を取った後に高齢者施設で働いたり、看護師免許を取り直して病院勤務をしたりと、研究者のいわゆる王道ルートとは異なる道を歩んできました。当時は「このままで大丈夫か」と不安になる夜もありましたが、そんな時こそバーベルを担いで自分を奮い立たせていましたね。「体を鍛えて学び続けていれば、人生なんとかなる」という確信があったからこそ、今の私があります。
前頭前野を守り、7年後の抑うつリスクを低減する筋トレの医学的価値
―多忙なビジネスパーソンは常に脳疲労と隣り合わせです。医学的な観点から、筋トレがメンタルに与える影響を教えてください。
脳の司令塔の一つである「前頭前野」へのポジティブな影響こそが、筋トレの価値だと言えるでしょう。前頭前野は、目標達成のために感情や行動を制御する「実行機能」を司っています。筋トレはこの機能を高めてくれることが研究で示されています。
現在は、様々な研究プロジェクトに携わっていますが、筋トレによって前頭前野が活性化すれば、プレッシャーのかかる局面でも、感情に流されず目標達成に向けて行動し続ける「実行力」が手に入ると信じて、今も筋トレを続けています。
―なぜ、筋肉を鍛えることが「脳」の健康にまで繋がるのですか?
そこには「マイオカイン」という、筋肉から分泌される代謝物やタンパク質といった物質が関わっている可能性があります。運動によって筋肉から放出されたマイオカインは、血流に乗って脳にまで届き、脳の神経保護といった脳の健康を守る役割があると考えられています(*McNeish et al., 2025)。
さらに、脳の神経の成長因子である「BDNF(脳由来神経栄養因子)」や「IGF-1(インスリン様成長因子)」の分泌によって、脳神経の結合を強めてくれたり、脳神経の新たな生成につながると言われています(*Tari et al., 2025)。
これらのプロセスが、認知機能の向上といった脳の健康につながっていることが示唆されています。今スクワットをして下半身の大きな筋肉を動かすことは、脳機能をパフォーマンスアップするための「最強の貯筋」を積み立てているのと同じだと考えています。
―集中力だけでなく、健全なメンタルを保つという面でも筋肉は重要なのでしょうか。
筋肉と脳は全然つながりがないように見えますが、実は密接な関係が研究で示されています。興味深いデータがあり、近年の研究で「筋力の低下が、7年後の抑うつ発症リスクに関連する」という報告がされています(*Guo et al., 2025)。つまり、筋肉を失うことは、将来的にメンタルヘルス悪化のリスクを抱えることにつながる可能性があるのです。
情報の波に飲まれない「抑制機能」を磨き、学習スピードを最大化する
―現代は集中力を削ぐ誘惑が多いですが、ビジネスの現場で「ゾーン」に入るためには何が必要ですか?
注目すべきは、脳の「抑制機能」と「注意配分量」の変化ですね。私たちは日々、溢れる情報に注意を分散させられがちですが、筋トレは「妨害する情報に惑わされることなく、特定のタスクに注意のリソースを集中させる」という脳機能の向上につながると言われています。
例えば、脳波という脳活動を測定した研究では、12ヶ月間筋トレを行うことによって注意配分量の増加を示す脳波成分が認められています(*Tsai et al., 2015)。いわば、筋トレを行うことで、脳を効率よく使うための環境が整うと考えられます。
―集中力が高まるだけでなく、新しいことを覚えるスピードも変わるのでしょうか。
その可能性を筋トレは秘めています!先ほど述べた、脳の神経の成長を支える因子BDNFやIGF-1といった働きによって、神経の結合が強くなり、新しいスキルの習得につながることが考えられます。
これらは運動による脳の神経の可塑性が促進されることによって生じると考えられます。実は私自身、本来は注意が散漫になりやすいタイプなのですが、トレーニングを終えた後の、あの「頭がクリアになる感覚」があるからこそ、執筆作業や論文なども対応できているのかと思います。筋トレがあるからこそ、注意散漫にならずに済んでいると信じています。
多忙な日々の突破口。勝負どころの直前にこそ「スクワット」を
―とはいえ、時間が取れない読者が多いのも事実です。最も効率的なメソッドや、三日坊主を防ぐコツを教えてください。
迷わず「スクワット」を推奨します!下半身には全身の筋肉の大部分が集中しており、ここを動かすのが脳への血流・刺激ともに最も効率的なんです。私の持論は「悩んだらスクワット」です(笑)。思考がネガティブなループに陥ったとき、強制的に大きな筋肉を動かすことで、脳をポジティブなモードへ導いてくれると考えています。
―脳のためにもスクワット!ビジネスの勝負どころでも使えそうですね。
そうですね!重要なプレゼンや会議の直前に少し体を動かすだけで、前頭前野が活性化し、相手の質問への理解力や受け答えの精度が高まるでしょう。
筋トレと聞くと追い込むといった辛いイメージがあるかと思いますが、まずはできる範囲で「10回3セット」みたいな感じで生活に組み込むだけで十分だと思います。完璧主義は継続を妨げる要因にもなりますので、「少し余力を残して、達成感や心地よい感情を脳に刻む」こと。これが三日坊主を防ぐ、継続のコツなんです。
鍛えた筋肉と脳機能は裏切らない。社会性を育む「ビジネスアスリート」の未来
―最後に、これからのキャリアを切り拓くビジネスパーソンへメッセージをお願いします。
最後に伝えたいのは、「鍛えた筋肉と脳機能は裏切らない」という事実です。不確実な時代、役職や環境は変わりますが、自分の筋肉と脳に投資した努力はかけがえのない人生の財産です。
私自身最近は「運動とユーモア」や「運動と社会性」といった、他者との繋がりを深める領域にも注目して研究を進めています。筋トレといった身体活動は筋力を強めてくれるだけでなく、人とのつながりも強めてくれるのではないかと考えています。
―筋肉を鍛えることが、孤独を癒やし、チームの力を高めることにも繋がるのですね。
まだ研究では明確にはわかっていない状況です。ただ、近年我々が取り組んだ研究では、他者との運動経験が孤独感の低下と関連することがわかっています(*Soga et al., 2026)。
個人的には「Build Muscle(筋肉を築く)」ことは、回り回って「Build Relationship(関係性を築く)」ための土台になるのではないかと考えています。ここはまだ自論なので、今後の研究で明らかにしていきたいと考えています。
実際にハードなトレーニングを共にした仲間とは、深い信頼関係が築けますよね。筋トレを、単なる自己研鑽に留めない。明日の自分を変えるためのセルフマネジメントとして、ぜひ今日からスクワット一回をおすすめします。筋トレを通して、日々の健全なメンタルヘルスを保ち、あなたの脳のパフォーマンスを高めるために実践して欲しいですね!
参考文献
- Guo, T., Meng, F., Liang, S., Zhao, G., Liu, J., Wang, X., ... & Wang, G. (2025). Bilateral association between muscle strength and depression: evidence from a prospective cohort study. BMC Public Health, 25(1), 3839.
- Tsai, C. L., Wang, C. H., Pan, C. Y., & Chen, F. C. (2015). The effects of long-term resistance exercise on the relationship between neurocognitive performance and GH, IGF-1, and homocysteine levels in the elderly. Frontiers in behavioral neuroscience, 9, 23.
- McNeish, B. L., Miljkovic, I., Liu-Ambrose, T., Ambrosio, F., Esser, K., Fahnestock, M., & Rosano, C. (2025). Muscle-brain crosstalk as a driver of brain health in aging. GeroScience, 1-19.
- Tari, A. R., Walker, T. L., Huuha, A. M., Sando, S. B., & Wisloff, U. (2025). Neuroprotective mechanisms of exercise and the importance of fitness for healthy brain ageing. The Lancet, 405(10484), 1093-1118.
- Soga, K., Uno, A., Kawamura, T., Kamijo, K., & Taki, Y. (2026). Social physical activity and sedentary behaviour as key determinants of humour expression and loneliness in older adults: a cross-sectional study using bayesian variable selection approach. BMC Public Health.
