「あなたの夢を聞かせてください」。相馬朋和監督が高校生と初めて向き合うとき、必ず投げかけるとのことです。なぜ監督は、夢を語らせようとするのか。その関わり方の背景にある考えを尋ねました。
※本記事は、帝京大学ラグビー部・相馬朋和監督への取材シリーズの第3回です。過去の取材はこちら。
帝京大学ラグビー部監督。1977年6月5日生まれ、神奈川県出身。高校でラグビーを始め、高校3年時に高校日本代表に選出。1996年、帝京大学へ進学。卒業後は三洋電機(後にパナソニック)に加入し、日本代表として24試合に出場、2007年ラグビーワールドカップ フランス大会にも出場した。引退後は同チームのスクラムコーチ、ヘッドコーチを歴任。2021年秋に帝京大学ラグビー部FWコーチに就任し、2022年春、監督に就任。就任1年目から全国大学選手権を制し、一昨年まで3連覇を達成。
(https://www.teikyo.jp/sports/news/1047/)
「コーチは夢を語らせる存在だ」——相馬監督の自己定義
―相馬監督は高校生のリクルーティングの場で、必ず「夢を聞かせてほしい」と尋ねることから会話を始めると伺いました。これは、監督にとって特別な意味を持つ問いなのでしょうか。
そうですね。夢がなかったら、ダブルゴールも何もないと思っているので。自分がどうなりたいのか、というものは、やっぱりみんなに持っていてほしいんです。
―リクルーティングの場面で、まず夢を尋ねるというのは、他の大学ではあまり聞かない進め方のように思います。
うちは、他の有名大学のように、黙っていても選んでもらえる大学ではないんです。有名で人気のある大学に入れたいと考える親御さんも多い中で、それでもうちを選んでもらう理由が必要になる。だとしたら、一緒に夢を叶えることしかないと思うんですよね。将来なりたいものに、ここに来たらなれるよ、と。その理由は、ここにある環境や、ここにいる人たちがつくるものだと思っています。
―この考え方は、監督に就任した当初から大事にされていたことなんですか。
最初からですね。ずっとそう思っていました。
夢と現実は、同じ一本の道の上にある
―以前、ダブルゴールの実践について伺った際、「日本一になるための準備」と「夢を叶えるための準備」は、監督の中では同じ一本の道の上にあるというお話でした。夢を語らせることは、このダブルゴールを機能させる土台になっている、ということでしょうか。
その通りです。夢がなければ、日本一を目指すことも、目の前の練習も、ただの作業になってしまう。逆に言えば、夢につながっているとわかっているからこそ、今日の一本のタックルにも意味が出てくるんです。
―ただ、監督が言う「夢」は、ラグビーで結果を出すことだけを指しているわけではないですよね。
はい。ラグビーの世界で活躍したいという夢もあれば、社会に出て別の形で活躍したいという夢もある。幸せな家庭を築くという夢だってある。私にとっては、どれも同じくらい大事な「夢」なんです。
―その夢を、本気で追いかけている、と。
そうです。実際、3年前のキャプテンは、日本代表に選出され、チームでもレギュラーとして活躍する中で、シーズン中にも関わらず後輩たちの指導にグラウンドへ足を運んでくれます。一昨年、のキャプテンはシーズン中でも、後輩たちと一緒に蓮sひゅうにさんかしてくれます。彼が隣で汗を流してくれる姿は、ラグビーで上を目指す学生にとって、夢が身近なものになるきっかけになる。目指す夢の形を認識することができる瞬間があるんです。
ただ、それと同じくらい、試合に出られない選手のフォローをすることや、怪我をして落ち込む学生に寄り添うことや、学生たちの就職先を一緒に考えることも、就職活動中の4年生と面接試験に向けて面接の練習をすることも、私にとっては大事な仕事なんです。もちろん一人で全てできるわけではありませんので、スタッフと協力して学生の夢を支えているわけです。
―ラグビーで結果を出す道と、別の形で社会に出ていく道、その両方に本気で向き合っている、と。
はい。ラグビーの夢を諦めた瞬間に、その先の人生の夢まで諦めてほしくないので。
現役時代から、監督自身も「その先」を見ていた
―学生たちに「夢」を語らせ、目の前の努力とその先をつなげさせようとする監督ですが、こうした考え方は、監督ご自身が現役時代から実践されていたことなのでしょうか。
そうですね。今でこそ「セカンドキャリア」「デュアルキャリア」という言葉がありますが、当時はそんな言葉も概念もありませんでした。ただ、プロの選手である以上、いつか引退するということは、頭のどこかに絶対にあったと思うんです。
―当時から、その先を意識して行動されていたんですか。
はい。プロになった瞬間から、教員免許を取ろうと大学の科目等履修生として登録したり、何年か後には資格取得の通信講座に申し込んでみたりしていました。今より体が仕上がっていた、選手として一番脂が乗っていた時期に、です。
―まさに絶好調の時期に、すでに「その先」の準備を始めていたわけですね。
一応、セカンドキャリアに対する不安のようなものは、現役の頃から持っていたんだと思います。
―当時、そうした考え方を持つ選手は珍しかったのではないですか。
チームの環境も大きかったと思います。ニュージーランド代表だったベテラン選手がチームにいて、ニュージーランドではビジネスを始めていました。派手な車に乗っている我々日本の若い選手たちに、「お金は、お金を生み出すもののために使うものだぞ」と教えてくれる人でしたね。それがきっかけになって、不動産投資を始める選手も、チームには何人かいました。
―そういう環境が、監督自身の「その先を見る目」を育てたのかもしれませんね。
そうかもしれませんね。今、学生たちに夢を語らせながら、目の前の努力とその先をつなげさせようとしているのは、自分自身がそうやって育ててもらった経験があるからだと思います。
「夢は何ですか」が一番怖い質問になる瞬間
―学生たちは就職活動という形で、現実というものに向き合っているはずです。そこに「夢を語ってほしい」と伝えることに、抵抗を感じる学生もいるのではないでしょうか。
まさにそうなんです。学生の中には、行きたかった大学に行けなかったという経験をしていると思います。そんな経験をしながらも、もう一回、夢を語らなきゃいけない。しかも就職活動という、さらに厳しい現実を突きつけられる瞬間が、その先に控えている。
―一度打ち砕かれた夢を、もう一度語らせようとする。学生からすれば、なかなか厳しい問いかけにも思えます。
正直、「夢は何ですか」と聞かれるのが、一番怖い質問かもしれないですよね。就職活動をしている中で、私は学生に対して、プロになるのは難しい。とか、あなたの競技能力ではラグビーを続けるのは厳しいというようなことも言わなければなりません。そんなことを言われれば、ふざけんなよ、と思うでしょう。今お前が現実を突きつけたんじゃないか、そんなタイミングで夢なんか語れないよ、と思う瞬間があるかもしれません。でも、だからこそ、いつも夢を持ち、夢を語れる人であって欲しいと思うんです。
監督自身も、夢を語るのが一番苦手だった
―学生に夢を求める一方で、監督ご自身は、帝京大学に来た時、ご自身の夢を語ることに難しさを感じたことはありましたか。
ありますよ。私自身、ここに来てから、思っていたことと全然違うことが多かったんです。ラグビーを教えに来たつもりが、そうじゃない仕事の方が多かったし、わかったつもりでいたけど、実際はできないことばかりでした。正直、ここに来た当初の私は、夢を語るのが一番難しかったんです。
―以前のキャリアについてお話しする方が、まだ語りやすかった、ということでしょうか。
そうなんです。ここの話をするよりも、前の職場の話の方が、よっぽど生き生きと話せていました。10年以上あちらにいたわけですから、そちらの方が語れるのは必然だと、妻にも言われましたけどね。当たり前でしょ、って(笑)。長さも違えば、思い入れの違いもありますから。
―それでも、心の中に秘めている夢はあるんですか。
ありますよ。いつか、ちゃんと海外で仕事をしてみたい、というのは、ずっと消えていないですね。
―ご自身も、まさに夢を語り直している最中だった、ということですね。
はい。だからこそ、語れない学生の気持ちも、正直よくわかるんです。
夢を語る力は、社会に出てからの「目標設定能力」になる
―最近の学生たちを見ていて、夢や考えの伝え方について、何か変化は感じますか。
感じますね。今の学生たちは、あからさまに自分をアピールするようなことはしないんです。授業でグループワークをやろうとしても、なかなか自分から発言してくれない。でも、オンラインのツールでリアクションをしてくださいと言うと、ものすごくたくさん、いいことを書いてくるんですよ。
―書けるし、考えてもいるけれど、声に出して言うことには慣れていない、ということですね。
そうなんです。でも、それだと世界では通用しないよ、という話もしています。海外の学生たちは、正しいかどうかよりも先に、とにかく発言してくる。自分の思っていることと違う方向に議論が進んでしまうことだってあるわけですが、それでも前に出て頑張れるか、という話なんですよね。
―だからこそ、あえて言語化する授業を取り入れている、と。
はい。自分のことを、自分の言葉でちゃんと情熱を持って喋れるか。これができないと、就職活動の面接でも通らなくなってしまいます。いかに自分の言葉で自分のことを語れるか、というのは、社会に出てから本当に大事なことなんだぞ、と伝えるようにしています。
―最後に伺いたいのですが、監督が学生たちに「夢は何ですか」と問い続けることで、本当に願っていることは何なのでしょうか。
夢を語れなくても、別にそれでいいんです。ただ、社会に出た時に、自分の言葉で自分のことを語れる人になってほしい。それができれば、ラグビーで結果が出ても出なくても、その先どんな道に進んでも、自分の力でやっていけると思うので。
―怖い質問だとわかっていても、聞き続ける理由は、そこにあるわけですね。
そうですね。一番怖い質問かもしれないとわかっていても、聞くのをやめるつもりはないです。
3回にわたる取材を通じて一貫していたのは、相馬監督にとっての「夢」が、ラグビーで結果を出すことだけを指す言葉ではなかったこと。ラグビーの世界で活躍する夢と、社会に出て別の形で活躍する夢。試合に出られない選手のフォローや、卒業していく選手たちの就職先を一緒に考えることに時間を割いているのも、監督にとってこの二つの夢が地続きだからでしょう。
印象的だったのは、監督自身が「夢を語るのが怖かった」と明かした場面。長く指導者として結果を出してきた人物であっても、新しい環境に飛び込んだ直後は、自分の言葉で未来を語ることに苦労する。一方で、現役の絶頂期にすでに教員免許取得へ動いていたというエピソードは、監督自身が「今」と「その先」を同時に見る訓練を、選手時代から積んできたことを物語っています。ビジネスの現場でも、転職や異動の直後に「ここでの目標」をすぐには語れない人は少なくないでしょう。
「夢を語れなくても、それでいい。ただ、自分の言葉で自分のことを語れる人になってほしい」。相馬監督が、一番怖いとわかっていながら「夢は何ですか」と問い続ける理由は、このシンプルな願いに尽きるのかもしれません。
本メディアでは今後も、研究者・指導者へのインタビューやケーススタディを通じて考察し、個人・組織・社会における新たな価値創出のあり方として発信していきます。
