広告代理店からJリーグのフロント、そして大学教授へと転身した佐々木達也氏。そのキャリアを支えたのは、フェラン・ソリアーノ氏の著書に記された「勝利は偶然の産物ではない」という哲学でした。
ビジネスを一つの競技と捉えるビジネスアスリートは、現場の知見をいかに理論へ変え、成功を「必然」にすべきなのでしょうか。スポーツビジネスの未来を切り拓く思考法について、実務と理論の架け橋である佐々木様にお話を伺いました。
日本大学スポーツ科学部 教授。
東京都出身。早稲田大学人間科学部スポーツ科学科卒業、同大学院スポーツ科学学術院修了。広告代理店アサツー ディ・ケイ(現ADK)にてJリーグをはじめとするスポーツスポンサーシップ業務に従事。
その後、Jリーグクラブの東京ヴェルディやツエーゲン金沢での勤務を経て、実務家としての知見を深める。金沢星稜大学人間科学部専任講師を経て、現在は日本大学スポーツ科学部教授として教鞭を執る。
現場・経営・研究という3つの視点を融合させ、日本のスポーツ界における「マネジメントの必然性」を提唱。過去にはJ2リーグの中継解説や、朝日新聞でのJリーグコラム連載も担当するなど、メディアを通じた発信も精力的に行っている。
実務の経験を「理論」へと接続し、企画の説得力を高めたキャリアの転換点
―佐々木様は、広告代理店の最前線からなぜ研究者という道を選ばれたのでしょうか。
ADK時代のスポーツ局で、イベント運営やスポンサーシップ獲得など、多岐にわたる実務を手掛けていたことが原点にあります。転機となったのは2009年頃、フェラン・ソリアノ氏の著書『ゴールは偶然の産物ではない』に出会い、大きな衝撃を受けたことです。「勝利は組織が適切に機能した結果、必然として生まれるものである」という考え方に触れ、現場の経験を理論として体系化したいという強い欲求が芽生えました。
―その衝撃は、どのような方向へ向かったのでしょうか?
仕事が終わった後の18時から21時過ぎまで、早稲田大学の大学院に通い詰めました。真っ白なキャンバスに知識が吸い込まれていくようで、勉強が楽しくて仕方がなかったことを覚えています。ここで培った論理的な構成力は、代理店での企画書作成や、Jリーグクラブの運営現場での意思決定において、相手の共感を得るための強力な武器になりました。実務と理論の往復こそが、成長を加速させる最大の要因だと確信した時期でしたね。そこで得た学術的な理論や学びを、自ら実践してより良いクラブを創りたいと考えました。
地道な「地域密着」と「SNS活用」が、勝ち負けに左右されないファン基盤を創る
―クラブ経営におけるファンエンゲージメントの重要性について、先生は実務の現場でもその変遷を目の当たりにされてきましたよね。
そうですね。私は2011年から2014年まで、東京ヴェルディ事業全般の責任者等として務めていました。当時は現在のような「ファンエンゲージメント」という言葉よりも、ファンを新たに作り出す「ファンデベロップメント(ファン開発)」がクラブ運営の主眼に置かれていた時代です。
SNSも今ほど普及していなかったため、選手による地域貢献活動や交流イベントなど、地道なアナログ活動を通じてファンを開拓していく手法が一般的でした。こうした日本におけるスポーツマネジメントの歴史を振り返る上で、1993年のJリーグ誕生は象徴的な出来事だと言えます。
中でも、川崎フロンターレの成功事例は非常に示唆に富んでいます。彼らは算数ドリルを市内の全小学生に配布したり、スタジアムを牧場に見立てたイベントを開催したりと、「街のエンターテインメント企業」としての役割を徹底しました。こうした活動の積み重ねが、地域住民との確固たるロイヤリティを築き上げたのです。
―その信頼関係が、ピッチ上の成績にも好影響を与えるのでしょうか。
もちろんです。かつてのフロンターレのサポーターは「負けてもブーイングをしない」ことで知られていました。これはクラブとの絆が強固であり、一度の敗戦で関係が揺るがないことを意味します。こうした安定した観客基盤が事業収入を支え、その資金がチームのさらなる強化に繋がっていく。これこそが、スポーツビジネスにおける重要な「ファン第一主義(Fan-First)」の理想形だと言えます。
―デジタル時代において、その手法も進化しているのでしょうか。
現在はSNSがファンエンゲージメントの核となっています。私が東京ヴェルディの広報責任者を務めていた際、Jリーグで初めて「専任のSNS担当」を配置しました。
当時のSNSは、まだエンゲージメント強化のツールとしてよりも、むしろ「炎上リスクのある危険なもの」として認知されていました。そのため、まずはガイドラインの策定やリスク管理を模索する日々でしたね。
一方で、私はSNSが持つ双方向の可能性に大きなチャンスを感じていました。各プラットフォームで四六時中ファンと対話を続け、Facebookでの投稿時間や内容を細かく分析したのです。
パーソナライズされた情報を最適なタイミングで届けることで、ファンは単なる「観客」から、クラブを共に創り上げる「共創者」へと変わります。
「トリプルミッション」の連動こそが、勝利を必然の産物へと昇華させる
―先生が一貫して活動の指針とされている「勝利は必然である」という哲学について、改めて具体的に教えてください。
はい。この哲学の核となるのは、「チームの強化(勝利)」「事業収入(収益)」「ファン(コミュニティ)」という3つの要素を一つの円として連動させる、「トリプルミッション」の視点が不可欠です。
事業で得た収益をチームの強化に投じ、それによって得られた勝利がコミュニティを広げ、熱狂を生み、さらなる収益へと繋がっていく。このサイクルを淀みなく回し続けることこそが、マネジメントの本質なのです。
―他のエンターテインメントにはない、スポーツビジネス特有の難しさはどこにあるのでしょうか。
ラスト1秒の失点で、ファンがクラブチームへ抱いていた「共感」が一瞬にして「怒り」に変わってしまう「感情のダイナミクス」の制御です。一般的な企業には、勝ち負けという概念はありません。ですがスポーツビジネスにおいては、勝ち負けが存在します。
勝利による高揚感は、次戦の観戦動機やグッズ購入の原動力となり、クラブ運営の「要」として機能します。しかし一方で、敗北のショックからファンが過激な反応を示し、最悪のケースでは興行の継続そのものが危ぶまれるリスクすら内包している。これがスポーツ特有の危うさであり、難しさです。
―そうした不確実なビジネスを安定させるためには、何が必要なのでしょうか。
この不確実性を内包したビジネスを安定させるには、精神論ではなく組織的なマネジメントが欠かせません。昨今、BリーグやバレーボールのSVリーグが躍進しているのも、リーグ経営が刷新され、戦略的にマーケットを構築してきた結果です。勝利を偶然に委ねるのではなく、勝てる確率を極限まで高める組織を作ること。それがスポーツビジネスを勝ち抜くための道となります。
「利己主義」から脱却し、優秀な人材が相応の対価を得られる業界へ
―日本のスポーツ界が成長する上での課題は、どこにあるとお考えでしょうか。
スポーツビジネスは、世界共通で人々を熱狂させる圧倒的な注目度を持っています。それだけのポテンシャルがある業界であるにもかかわらず、全体として「好きなら低賃金でもいいだろう」という空気に甘え、給与水準が低迷している事実は否定できません。
これでは、メガバンクや総合商社へ向かうような優秀な人材を惹きつけることは不可能です。まずは業界の規模を拡大し、彼らに相応の対価を支払える構造へと変革していく必要があります。
―伝統ある球団やクラブチームであっても、その変化に適応できるかどうかで明暗が分かれているように感じます。
歴史あるプロ野球球団などは、極めて高いブランド価値を誇ります。しかし、その旧来の経営手法が、「ファン目線」が求められる現代において苦戦を強いられている側面は否めません。一方で、外部から有能な人材を積極的に登用し、デジタルを駆使して「ファン第一主義」を貫くクラブは、着実に新規ファン層を拡大させています。自分たちの都合を優先する利己主義的な経営では、もはや生き残れない時代なのです。
―米国流の「ファン第一主義」が、日本市場においても鍵になるのでしょうか?
その通りです。米国では「ファンが見たい」となれば、競技のルールさえ即座に変えてしまうほどの柔軟性があります。日本もようやく、ファン目線を経営の最優先に据えるフェーズに入りました。
優秀な人材を正当な報酬で迎え入れ、プロフェッショナルなマネジメントを徹底する。そうした「当たり前の経営」ができる体制の構築こそが、日本のスポーツビジネスを発展させる唯一の道だと確信しています。
アスリートの「努力の質」をビジネスの作法に転じ、必然の成功を掴み取る
―セカンドキャリアを模索する選手や、この業界に挑むビジネスアスリートへメッセージをお願いします。
Jリーガーになれる確率は、東大に合格するよりもはるかに低いものです。その途方もない壁を突破した際に発揮された「圧倒的な集中力」と「努力の質」は、ビジネスの世界でも間違いなく最強の武器になります。
どうか、セカンドキャリアを単なる「引退」や「幕引き」と捉えないでください。これは、ビジネスという名の新しい競技への「転向」なのです。
その際、自分がどのようなキャリアを歩み、何を成し遂げたいのか。そうした「人生の軸」を一度見つめ直すことが、新たなフィールドで力強い一歩を踏み出すための何よりの原動力になります。
―新しい環境やスポーツビジネスに飛び込みたいと考えている方は、どのような準備が必要でしょうか。
飛び込む世界の「作法」を、謙虚に学ぶ姿勢を持つことです。スポーツビジネスにおいても、「サッカーや野球が好きだから」という情熱だけでは、壁にぶつかった際に挫折してしまうリスクがあります。
実際のクラブ運営は、ファンやスポンサー収入をいかに拡大するか、どのような予算で選手と契約しチームを強化するか、さらには選手の待遇改善をどう図るかといった、多角的かつシビアな経営判断の連続です。
だからこそ、かつて私が広告代理店から大学院へ飛び込んだように、まずは「知識」を自分の武器にしてください。情熱を注げる領域を特定し、そこに適切なロジックを掛け合わせることができれば、皆さんのポテンシャルなら、必ずや成功を掴み取れるはずです。
―自分自身を一つの組織だと捉え、戦略的にマネジメントするということですね。
その通りです。成果を出すための実力(強化)、それを支えるコミュニティ(ファン)、そして収益を生む視点(事業)。自分の中の「トリプルミッション」を連動させていけば、キャリアにおける勝利もまた、偶然ではなく「必然」の結果として訪れます。
情熱とロジックを兼ね備えた皆さんが、この業界の景色を変えてくれるのを、私は心から楽しみにしています。
―勝利を必然にするための指針と温かいエールを、本日はありがとうございました。
