年齢とともに感じる体力の低下や集中力の衰えを、単なる加齢のせいにせず、防衛・アップデートするための鍵は「筋肉」にあります。本企画では、筋ホルモン「マイオカイン」の権威である青井渉先生をお迎えしました。
筋肉を単なる運動器ではなく、全身の若々しさを制御する「分泌器官」として再定義する、最新の効率的なアンチエイジング理論について、京都府立大学大学院准教授・青井先生にお話を伺いました。
京都府立大学大学院 生命環境科学研究科 准教授。専門領域は「運動栄養学」。運動と食によるパフォーマンス向上や病気予防、生活の質(QOL)を高めるメカニズムを研究。筋肉と健康、そして老化の関連を科学的に突き詰め、忙しい現代人のための生存戦略を提唱している。
筋肉と健康を結ぶ新常識。脳や臓器を活性化させる「メッセージ物質」の正体
―青井先生、本日はよろしくお願いします。先生の書籍や動画も拝見しまして、実は今日、取材前にさっそく「食後10分の散歩」を実践してきたんです。
おお、それは素晴らしいですね!さっそく実践していただけるなんて、研究者冥利に尽きます。具合はいかがですか?
―いつもならデスクに戻るとすぐ眠気が来るのですが、今日は頭がすっきりしていて。これ、実は科学的な裏付けがあるんですよね。
私たちは日々戦うビジネスパーソンを「ビジネスアスリート」と定義しているのですが、最近は多忙な経営者ほど熱心に筋トレに励んでいます。彼らが肉体に投資するのは、単に「見た目を整える」以上の意味があるのでしょうか?
ええ、もちろんです!見た目も一つの指標ですが、中身が劇的に変わるんですよ。実は筋肉って、以前は「体を動かすための道具」だと思われていたのですが、最新の研究では全く違う姿が見えてきました。実は筋肉は、全身の臓器にメッセージを送る「分泌器官」としての役割を担っていることがわかったんです。
―ホルモンを出す内臓のような役割を、筋肉が担っているということですか?
その通りです!筋肉が収縮する際に、ホルモンのような物質を放出するのですが、これを総称して「マイオカイン」と呼びます。これが血液に乗って全身をめぐり、脳の活性化や血管の健康維持、さらには骨を作ったり、がんの予防を促したりと、多岐にわたる働きをします。まさに「全身に良いことをする物質」を、自分の体内で生成しているようなものなんですよ。
―自分の体が、自ら「若返り物質」を出しているようなイメージですね。
ええ。だからこそ、米国のスポーツ医学会では「Exercise is Medicine(運動は薬)」という言葉が使われています。西洋医学の薬のような「一瞬で効く切れ味」はありませんが、副作用がなく、毎日少しずつ全身をチューンナップしてくれるのが運動の本質なんです。
―かつての高度成長期などは、恰幅が良いことが豊かさの象徴でしたが、今は正反対ですね。
そうなんですよね。今は「自分をコントロールできている体」が、ビジネスにおける信頼感や魅力に直結する時代です。トップ層が筋トレを優先するのは、それが単なる趣味ではなく、パフォーマンスを最大化するための「最も効率的な投資」だと本能的に理解しているからかもしれませんね。
医学的に正しいアンチエイジング。筋肉が「脳」と「若さ」を直接調整する
―ビジネスマンにとって最大の資産は「脳」です。ですが、加齢とともに集中力が切れたり、メンタルが落ち込んだりすることに悩む人は多いと思います。この脳のパフォーマンスに、筋肉はどう関わっているのでしょうか?
実は、筋肉から分泌された特定のマイオカインは、脳の中まで入っていくことができるんです。そこで記憶力を高めたり、脳の老化を防いだりしてくれるんですよ。脳は全身の司令塔ですが、逆に筋肉から脳へ信号を送って、脳の状態を良くしていくという調整機能があるんです。
―筋肉を動かすことが、脳のアップデートに直結しているんですね。
ええ。さらにアンチエイジングの面でも貢献しています。老化の大きな原因の一つは、男性ホルモンの低下ですが、筋トレはこのホルモンレベルの維持・向上に寄与してくれます。老化を防ぐブレーキになるんですね。それだけでなく、特定のマイオカインには、気分の落ち込みやうつ状態を緩和する働きもあります。
―心が折れそうになったとき、筋肉が助けてくれるわけですね!
そう言っても過言ではありません(笑)。ビジネスシーンで強いストレスにさらされても、筋肉が脳を調整する信号を出し続けてくれれば、レジリエンス(回復力)は自ずと高まります。
―先生、お肌の話も少し出ましたが、マイオカインは肌にもいいんですか?
はい、最近の研究では、マイオカインが皮膚のコラーゲンを作ったり、メラニンの生成を抑えたりすることもわかってきました。筋トレをしている人が若々しく見えるのは、気のせいではなく科学的な理由があるんですよ。
出典:Crane, J. D., et al. (2015). "Exercise-stimulated interleukin-15 is controlled by AMPK and regulates skin metabolism and aging." Aging Cell, 14(4), 625–634.
<Figure 1B:運動習慣の有無による皮膚組織の比較>
この図は年齢層の異なる「運動習慣のある人(ACT)」と「ほとんど運動しない人(SED)」の皮膚組織(H&E染色)の断面を表したものです。
運動習慣の有無によって、皮膚組織にどのような違いが見られるのかを示しています。
―体力の衰えだけでなく、脳やメンタル、さらに外見の若々しさまで筋肉が支えてくれているんですね。ジムに行く理由が「筋肉を太くする」から「自分という資産をメンテナンスする」に変わる気がします。
ビジネスパーソンのための最短プロトコル。ROIを最大化する「食後10分」と「マッスルメモリー」
―理論はよくわかりましたが、現役のビジネスマンはとにかく時間がありません……(苦笑)。多忙な毎日の中で、これだけはやっておくべきという「最低限のメニュー」はありますか?
そんなに構える必要はありませんよ!まず、私が最もおすすめしたいのは「食後の10分散歩」です。先ほど編集部の方も実践されたように、これだけで午後の強烈な眠気の正体である「血糖スパイク」を抑えられます。
―たった10分歩くだけで、本当にあんなにすっきりするんですね。
ええ。体内の血糖の70%以上は筋肉で消費されますから、食後15分〜30分以内に少し動くだけで、余分な糖がエネルギーとして使われ、血糖値がストンと下がるんです。血糖値の上昇を抑制するサプリメントを飲むよりもずっと手軽で強力な「防御策」になります。食後にコンビニにお茶を買いに行ったり、郵便受けを見に行ったりする程度でも効果があるんですよ。
―筋トレについても、毎日ジムに通うのは難しいという人が多いと思います。
週に合計60分程度でも十分に効果はあります。例えば自宅で、スクワットを「5秒かけて下ろし、5秒かけて上げる」スローな動作で行ってみてください。これ、自重だけでも10回やれば足がプルプルしてきますよ(笑)。
私たちの研究室でも、軽いダンベルを使った全身運動だけで、成長ホルモンが通常の10倍以上分泌されることを確認しています。
―自重でも「質」を上げれば「量」をカバーできる。まさにROI(投資対効果)の高い運動ですね。
おっしゃる通りです。もう一つ、挫折経験がある方に朗報なのが「マッスルメモリー」です。若い頃に一度でも真剣に鍛えた経験があれば、遺伝子発現のスイッチが「入りやすい状態」として一生残っているんです。
―昔の努力は無駄になっていないわけですね。
ええ。10年、20年のブランクがあっても、全くの初心者より圧倒的に早く筋肉を取り戻せます。過去の貯金があるんですから、いつから再開しても遅すぎることはありません。「昔はやってたんだけどな」という人こそ、今すぐ再始動すべきですよ。
―特別な機材も不要な「自重トレーニング」や「食後10分」なら、どんなに忙しくても言い訳できませんね(笑)。自分の体重を最強の重りにして、今日からチューンナップを始められそうです。
脳・筋肉・腸を繋ぐ「生存トライアングル」を管理せよ
―先生の専門領域である「運動栄養学」の観点からも伺いたいのですが、筋肉のために「プロテインと鶏ささみ!」といったストイックな食生活は必須なのでしょうか?
いえいえ、そこまで極端になる必要はありません(笑)。実は、タンパク質は摂りすぎてもあまり意味がなくて、一般的には体重1kgあたり1g程度で十分なんです。筋トレを意識している方でも、その2〜3割増しくらいを目安にすればいい。それよりも大切なのは「質」と「連携」です。
―「質」とは具体的にはどのようなことでしょうか?
赤肉(レッドミート)や加工肉に含まれる動物性脂肪は、摂りすぎると体内で慢性炎症を引き起こし、逆に老化を早める可能性もあります。理想は魚や豆類(大豆など)を主軸にすること。そして、何より重要なのが「腸」との関係です。
―腸、ですか?腸活が最近、注目を集めているのも関係があるのですね。
はい。私は「腸・筋肉・脳のトライアングル」と呼んでいますが、これら3つは密接に連動しています。どれか一つが崩れると、全部が悪くなるんです。例えば、ハードすぎるトレーニングで腸内環境が荒れると、せっかく摂った栄養が吸収されず、筋肉も脳もパフォーマンスが落ちてしまう。
―かつてのアスリートも、追い込みすぎて腸を壊し、コンディションを落とすことがあったとか……。
そうなんです。だからこそ、良質なタンパク質に加え、発酵食品や食物繊維を摂る「腸活」を組み合わせてください。腸が整って初めて、栄養が筋肉に届き、マイオカインが脳を活性化させます。この「腸・筋肉・脳のトライアングル」を正常に回すことこそが、ビジネスアスリートの身体管理の基本であり、最強の健康投資なんです。
―腸を整えることが「美容」ではなく、ビジネスの「システム構築」に繋がっているという解釈には衝撃を受けました。自分の内臓一つひとつを、重要なプロジェクトチームとして管理するような視点が必要ですね。
まさにその視点です!例えばヨーグルトを食べることも、筋肉を動かすための土壌作りだと思えば、取り組み方も変わってきますよね。
肉体のポテンシャルを信じ、今日から「再変身」を楽しもう
―最後になりますが、これから肉体をアップデートしようとしている、あるいは挫折から立ち直ろうとしているビジネスパーソンへ、背中を押すメッセージをお願いします。
まずは、自分の「肉体のポテンシャル」をもっと信じてあげてください。人間の体は本当によくできていて、少しの手入れで驚くほど素直に応えてくれます。薬やサプリメントに頼りすぎる前に、自分自身に備わった「若返り機能」を最大限に引き出す喜びを感じてほしいですね。
―見た目が変われば、周囲の評価だけでなく、自分自身のマインドも変わりますよね。
そうなんですよ!人間には誰しも「変身願望」があります。鏡に映る自分の体が変わってくると、それが強烈な成功体験になって、食や睡眠といった他の習慣にも自然と意識が向くようになります。運動を通じて自分の個性や状態を知ることは、ビジネスにおいても大きな強みになるはずです。
―まずはジムに入会しようと気負わず、今日この後の食後に10分歩くことからですね。
ええ。ハードルを極限まで下げて、一歩踏み出す。その積み重ねが、一生モノのビジネスパフォーマンスと若々しさを支える土台になります。過去の自分を驚かせるような「再始動」を、ぜひ楽しんで取り組んでみてください!

青井先生への取材を通じて、筋肉が「単に動くための道具」ではなく、脳や全身を支える「最高の発信源」であるという事実に圧倒されました。特に「食後10分の散歩」が血糖スパイクを防ぎ、午後の集中力を守るという解決策は、どんなビジネスライフハックよりも再現性が高いと感じます。科学を味方につけ、自らのポテンシャルを戦略的にチューンナップしていく。
それこそが、持続可能な成果を出し続ける「ビジネスアスリート」の真の姿なのだと確信した取材でした。
本メディアでは今後も、研究者・指導者へのインタビューやケーススタディを通じて考察し、個人・組織・社会における新たな価値創出のあり方として発信していきます。
